 | | ●初詣 | | | ●大根まつり | 台東区浅草7−4−1 待乳山聖天(まつちやましょうてん) 正月三が日に奉納された大根を供養し、ふろふき大根にして参詣者にふるまうという行事です。 | |
 | | ●節分・福聚の舞 | 浅草寺の節分会は2月3日に、午後1時と4時の2回本堂特設舞台で芸能人や有名人による豆まきが行われる。 福聚の舞は昭和39年4月の宝蔵門落慶のさいに創始された。猿若三座の一つ市村座の座主が浅草観音の功徳をたたえて毎日の興行前に「七福神踊り」を上演していたということで、地元の人達により奉納されたものだという。 | | ●針供養 | 元禄年間(1688−1703)紀伊国の加太神社を勘請したものである。加太神社は淡島と呼ぶ小島に鎮座し、淡島明神の俗称があるためこの堂も淡島堂と呼ばれている。祭神は少彦名命、堂内には両手で宝珠を持つ坐形の神像を安置する。淡島明神は、江戸時代より女性の守り神として信仰を集めた。現在も毎年2月8日、ここで針供養が行われ、女性の参詣人が多く集まる。針供養は、日頃使い慣れた針に感謝し、柔らかな豆腐に差し、供養する行事。かつては、この日に限り女性は針仕事をしない風習があった。 | |
 | | ●江戸流し雛 | | | ●金龍の舞 | 金竜の舞をつくる時に参画した久保田万太郎の句である。金竜の舞は昭和33年10月、観音本堂完成記念に浅草観音慶讃会が後世に伝える記念行事として創始したもの。 ことの縁起は「18日、寺辺に一夜にして松千本ほど生ず、3日を過ぎて天より長さ百尺ばかりの金鱗の竜、松の中に下りしがその後あるところを見ずこれによって金竜山という」とある。 浅草観音の正しい名称は金竜山浅草寺である。この金竜山の山号は金の鱗をつけた竜が天から舞い降りてきたという縁起に由来している。金竜の舞もこの故事にちなんで創始されたものである | | ●墨田公園桜まつり | | |
 | | ●投扇興のつどい | | | ●浅草流鏑馬 | 流鏑馬の武者行列は伝法院から出発。公園では下流側から上流側へ3つの的を射抜いていく | | ●白鷺の舞 | 白鷺の舞は昭和43年11月に明治100年を記念して浅草観光連盟によって創始された。これは浅草寺の「慶安縁起絵巻」にある祭礼行列の中からとったといわれている。 | | ●早・慶レガッタ | | | ●こんこん靴市 | | | ●泣き相撲 | | |
 | | ●宝の舞 | | | ●三社祭 | | ●江戸消防慰霊祭 (弥生祭) | | | ●お富士さんの植木市 | 「お富士さんの植木市」で知られる浅間神社は、元禄年間(1688〜1703)に静岡県富士市から分社したものである。江戸の昔、富士山信仰が流行したことがあった。本家の富士山へお参りできない人達のために、各地に富士浅間神社を分社して富士詣りをさせた。 浅間神社の祭日には植木市が浅草4,5丁目一帯でおこなわれる。毎年5月31日、6月1日と30日、7月1日が市の日である。 | |
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 | | ●下町七夕祭り | | | ●四万六千日・ほおずき市 | 年、7月9日.10日は浅草観音の「四万六千日.ほおづき市」である。このどちらかの日に観音様にお詣りすると、四万六千日もお参りした功徳があるのだそうだ。四万六千日というと、126年。お米の一升は四万六千粒、一生無病息災になれるのだという。 四万六千日の縁日にあわせて立つのが、ほおずき市。観音境内の空き地に約2百軒のほおずき店が並ぶ。よしず張りに裸電球がぶらさがり、ガラス風鈴つきの「千成ほおずき」が売られる。入谷の朝顔市と同じように夏の風物詩として人気がある。 | | ●隅田川花火大会 | | |
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 | | ●浅草菊花展 | 10月14.15日 境内で菊まつりが行われる。 台東区谷中3−1−2(大円寺境内) | | ●菊供養・金竜の舞 | | |
 | | ●東京時代祭り | | | ●白鷺の舞 | | | ●酉の市 | 江戸伝統行事の一つ「酉の市」は、11月の酉の日に熊手を売る市が立つ。福をかき込む華やかな熊手を求めて境内は、賑わいう。霜月(11月)の酉の日は、順次に一の酉、二の酉、三の酉と称し、関東地区にある鷲神社の祭日で、「酉の市」がひらかれる。 もとは武運を守護する神として信仰され、武士の参詣が多かったが、後には開運の神として、特に客商売の人の信仰を集めた。酉の市の賑わいが吉原遊郭の大繁盛をもたらしたと言われる。 | | ●靴のめぐみまつり市 | | |
 | | ●台東第九公園 | | | ●羽子板市 | 羽子板市は12月17日から19日まで、相変わらず弁慶、助六、鏡獅子、女の子は道成寺、汐くみ、藤娘といったものからその年の話題のスターも登場する。 | | ●花川はきだおれ市 | | | ●除夜の鐘 | | |